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星空観察と天体写真

星空観察と天体写真

その他趣味

久々投稿 神田古本市

我孫子に戻ってそろそろ一カ月になります。実はまだ喘息の調子が良くならず、それに加えて会社の仕事が急に増えちょっと疲れが残っています。
天文のブログということで天文に関することを探していましたが、日常の生活ではなかなか写真に撮ることはできません。
そんな中、神田古本まつりがり、会社の帰りにぶらりと寄ってきました。今や古本なAmazonで買うものという時代になり、なにか目当てもないのにふらふらしても、ほしいものはありませんでした。
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何が天文と関係するかというと、天体写真の本を買ったからです。
「天の羊」という林完次さんの作品です。なんか名前の聞いたことのある人ぐらいしか記憶にありませんでしたが、天文写真家として活躍されている方です。1997年の発刊と古く、デジタル時代の前の写真ですから、今見るとみなさんの写真がなんとハッブルに近いこと。
星にまつわるエッセイを読みながら、秋の夜長を過ごします。
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山陰の旅

引っ越しを前にして妻と山陰に行ってきました。
10月から山陰めぐりという周遊券があり、路線の制約はありますが、岡山から新幹線が使え「一人1万円」ぽっきり。http://www.jr-odekake.net/navi/sanin_dc/
まずは、新大阪から姫路江経由新姫⇒智頭急行⇒因美線で鳥取へ
途中佐用と言う駅で停車したため、よく見たところ、「西はりま天文台」があるところであありませんか。簡単に立ち寄れないところです。残念がら途中下車は出来ず、駅の写真で我慢。
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鳥取に着くと砂丘へバスで直行。ちょうど雨上がりとあって砂が締り歩きやすい砂となり、テレビや写真で見るよりは若干狭い感じがしました。それでも日本らしくない風景に満足。
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鳥取は砂丘がメインで一路山陰線で松江に。鳥取といえば漫画家が多く輩出していて、水木しげる、青山剛昌など有名人がおり漫画祭りをやっていました。私の母校宮城県佐沼高校も漫画家を輩出していて石ノ森章太郎、大友克洋、佐藤史夫が先輩です。ちなみに熊谷達也(直木賞作家)は同級生です。途中大山がきれいに見えました。
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松江に着いて松江城に行ったらなんと5時で閉館(観光案内所では6時までといわれていたので)。管理人のおじさんが10月から冬時間で5時閉館です。ごろごろと大門を閉めるところでした。訳を話し、「じゃ写真だけでも」と優しい言葉をかけてくれて妻とツーショット。
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あとは夕食探し、地元の魚を食べさせてくれる居酒屋で「のどくろ」や「シジミ」料理に舌鼓を打ちました。その後オープンしたてのドーミーインに泊まりました。
 
次の日は松へから「石見銀山」へ。宍道湖
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途中大田市駅から路線バスに乗ると、運転手が「よくお客さんになぜここが世界遺産なのかとよく聞かれます。折角来たのですから世界遺産たる所以をガイドツアーなり、ガイド音声なりで聞きながら散策してください」と丁寧に説明がありました。もともと期待はしていませんでしたので、ガイド音声にして散策、それでも世界遺産としてはこじんまりとした街並みと鉱山跡を見て回りました。運転手さんが言った通り。
 
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これで金銀銅を制覇。佐渡金山、ここ石見銀山、足尾銅山。なんとオリンピックイヤーにふさわしい。
折角来た島根といえば出雲大社。こちらは寄るだけとなりました。いまさら縁結びをお願いしてどうなるか? いや縁といってもここは男女の縁だけではないそうで、仕事や趣味の縁も縁の内、だそうで今後更に天文で輪が広がりますように。
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帰りは出雲⇒米子⇒伯備線⇒岡山⇒新大阪
かなりの距離を移動しました。めった行けない山陰とあって強硬軍でした。
最近は観光のレポートばっかりで天文らしくないブログです。
それでは最後に天文らしく太陽を見てください!これで大阪を最後にしました。
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東京本社に戻ります

早いと言われそうですが、10月1日の辞令で東京の本社に戻ることになりました。皆さんに送別会を開いて頂いてまだ半年ですが、諸般の事情により本社にて現在と同様の仕事をすることになりました。
私個人的には健康面もあり、今回の人事に感謝しています。仕事も天文も更に一層精進していきたいと思います。
家族からすれば、部屋がまた狭くなる、観光が出来ない、うるさいなんて言われますが、厄介ものにならないよう以前とは違った親父を披露しなくてはなりません。
大阪ではコワーキングスペースに時々通い仕事やら雑談やら生活の一部を担ってきました。その場所にて先週末「たこ焼きパーテー」がありました。
ここのワーキングスペースのメンバーはほとんどが、IT関連の個人事業主です。たとえばスマホのアプリを作っているとか、HPの製作会社をやっているとか、システム屋さんとか・・・そんな社長さんを囲むようにデザイナーがいたり、写真家がいたり、プロデューサーがいたり、個人の仕事を更に広げられる人材がそろっています。もちろん私などは異色中の異色で、耳をダンボにしながら皆さんの様子を伺っていました。一人ではできないことがそれぞれの分野で活躍している人によって支えられ、また開発がなされ、時には励まされ、そんな場所のようでした。名前の通り”Co"workingするところです。また殆どの人がマックエアーで仕事をしておりIT起業家らしい特徴の一つです(WINはサラリーマンの特徴らしいです)。東葛星見隊の仲間にも個人事業主がおられ、サラリーマンとは違い大変なような、楽しいような外から目線では一概に言えませんが頼もしいと思っています。もちろん生活に困らない人もいれば、創業して貯金を食いつぶしている人もいて、それぞれの会員が適度な間隔で仕事をしています。大変参考になったことが多くあり、今後仕事や生活に生かして行きたいと思っています。
コワーキングスペースの様子
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タコ焼きパーティー
30リットルのたこ焼き原料を使ったそうです。大阪らしい最後のパーティーでした。
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そんな訳で(訳はあまり書いていませんが)来週から本社に出勤します。皆さんにはこれまで以上にお世話になることと思いますし、東葛星見隊の活動にも参加できることを楽しみにしています。
よろしくお願いします!!

観月

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これを見てなにか?すぐわかる方は相当の歴史ファンでしょう。
お題の「観月」は本当の月ではなくこの「月」です。
幼稚園生が描いたなんてことはありません。
これは高松塚古墳の壁画に描かれている「月像」です。
今日明日香村を散策してきました。台風が来るというので朝早起きをして、天王寺から近鉄特急に乗り、一路明日香を目指しました。なんと特急は2両編成でそのうち一両は今時喫煙車。時代遅れもいいとこですね。久々歩こうと思い、ルートをキトラ古墳⇒高松塚古墳⇒石舞台古墳というコースを取りました。12~13Kmはあると思います。
キトラ古墳
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古墳はコンクリートで覆われていて、大切に保護されています。中の様子を写真で紹介している看板が唯一それだとわかる代物です。石室の中には、高松塚古墳と同じような玄武、青龍、白虎、朱雀が描かれていて、保護のためこのように厳重に覆いをしているのでしょう。
とっても目立たないところにあり、観光客なんて一人もいなかったので1Kmほど過ぎてしまい、田んぼの中で一人寂しく歩いていました。それからほど近い高松塚古墳へ向かいました。
 
高松塚古墳
イメージ 3元の古墳の位置は展示室とはちょっと離れています。この中に石室があり、盗掘されたものの壁画が色あざやあかに残っていたのだそうです。
 
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展示室は古墳と別の場所にあり、レプリカですが本物と同じような材質でつくられとても神秘的でした。正面が玄武です。
 
「日像」 こちらは保存状態が悪いのか汚れで覆いかぶさっています。
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天井にある「星宿図」です。
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西にスバル、北に北斗七星が描かれていて、素人の私は「春」かなと感じていますが、中国から来た星宿図でしょうが、今と同じような星座がちらほらありそうで、それでも大半が想像付きません。死者の生活に必要な星々なのでしょう。専門家がどこかで解説しいていると思いますのであとで検索して見ます。この星々には金・銀が使われているそうで、身分の高さが伺えます。
 
次は石舞台古墳
 
その途中が散策コースとなっており、たくさんの環境客がいました。山間の棚田には彼岸花が咲き乱れ、今時のおばちゃん達が高級イチデジを持って接写に励んでいました。明日香村ですから本当はのんびりとした閑村なはずが、ここだけは観光バスから降り立った人たちが地図を片手に、ぞろぞろ歩いていました。
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清流や棚田を過ぎると「石舞台古墳」に着きます。一片が2m以上もある大きな岩がどっしり、迫力のある古墳で一度必見の価値あり。
ここではボランティアガイドのおばさんがいて、石がどのようにして運ばれたか、また組み立てられたかを丁寧に説明してもらい、我が東葛星見隊の解説同様、皆さん納得したという感じで聞き入っていました。
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もっと見ようと思えばいろんな古墳、神社、古い建物などたくさんあります。それに近くには吉野があり、春には桜が有名です。今日のコースでよかったのは社寺ではないので線香がなかったこと、悪かったのは野焼きの煙で煙たかったこと。関西の旅行ではどこへ行っても新鮮な空気を思いっきり吸うことができませんでした(箕面大滝を除いて)。
 
そのあと夜は、私が通っていた”コワーキングスペース”のタコ焼きパーティーがあり参加しました。これはのちほど記事にします。

熊野古道 世界遺産

先日、といっても2回に分け熊野古道を散策しました。
 
まずは北の「高野山」(妻と行きました)。
難波から南海電車で約2時間。和歌山の山の中へ吸い込まれるようにレールが走っています。関東ならまだ宇都宮かという距離ですが、山の奥まで駅があり、そこからケーブルカーで更に高地へ向かい。やっと着いたと思ったら、またそこからバスで10分ほどで高野山に着きました。
空海が開いたという標高900mの高地に寺が散在しています。京都のようにあまり密集しておらず、バスで移動するくらい離れているところがたくさんありました。
平日に行ったのでお坊さんの数と観光客の数が同じくらいのゆったりとした雰囲気です。
歴史は得意ではありませんので、景色と雰囲気を楽しんできました。
比叡山延暦寺にも行きましたが、こちらの方が神々しい感じがしました。
 
弘法大師御廟   周りの過ぎの太さに驚きました
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根本大搭
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金剛峯寺
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次は那智勝浦(一人旅)
 
関東から一番行きにくいところはどこか?と考えた結果、那智の滝が一番遠いのではないかと思いました。白浜まで飛行機で行けばそれほどでもありませんが、新大阪から特急「くろしお」で4時間。新幹線なら広島を過ぎてしまいます。過去名古屋から南紀を回って大阪まで行こうと計画だけ立てたことがありましたが、無謀な計画でした。名古屋からでも4時間ぐらいかかるので、いかに陸の孤島かご理解いただけると思います。
 
それだけのところですから、覚悟していきました。それだけの甲斐あって熊野古道”らしき”参道を上り「那智の滝」が見えた時は感動しました。
普通これだけの滝なら、たとえば華厳の滝や袋田の滝など、入場料を払うまで滝の姿は見えませんが、ここは特段入場料を払わなくとも全容が見えます(折角なので入場料を払ってすぐそばまで行きました)。もしここが晴れていたならそのまま夜までいて、瀑布を背景に星野写真が撮れそうです。
勝浦はそのほか温泉とマグロ・クジラの産地です。
海を見ながら、かけ流しの温泉に入って、クジラのジャーキーで一杯。これをやってきました。
箕面から往復10時間、現地6時間の強硬軍。それでも達成感の方が強く楽しい旅でした。
 
熊野古道 大門坂
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那智大社と滝
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勝浦温泉(いろいろ聞いてここがかけ流しだそうです)
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岡山観光

出張の時間を有効に利用して手短に岡山を観光してきました。
朝早く起きて後楽園と倉敷に行ってきました。岡山というといつも通過県なので、観光は一度もありませんでした。
時間の都合上ありきたりのコースをご紹介します。
 
後楽園と岡山城。
いわずと知れた三名庭園の一つ。水戸の偕楽園、金沢の兼六園。水戸は近くですから数回行きました。しかし、他は未踏の地。今回その後楽園を見ることだ出来ました。
今から約300年前に岡山藩2代藩主池田綱政が藩主のやすらぎの場として作らせた庭園。とあって岡山城と一体化した庭園です。加川というの緩やかな河口を利用した城と庭園が見事に調和していました。ただそれほど大きくなく、調べていませんが偕楽園に比べたら猫の額に感じました。明治政府がこの三大庭園を外国人観光のため決めたそうです。都内の方が六義園や小石川後楽園などここ岡山に比べれば見事な庭園があったにもかかわらず、今で言えば地方振興でしょうか、各地の庭園が選ばれたそうです。
次は兼六園だ!!
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市電ものんびりしていいですね。
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お次は倉敷。
江戸初期から物流の拠点で蔵が立ち並ぶ発展した街。これを倉敷市が美観地区として保護し多くの観光客が訪れています。特に大原美術館があるせいか女性が多いようです。こちらは堀の周り約500mぐらいに蔵や古民家が立ち並び、時代劇に出てきそうなところです。ただ残念なのが、みんなお店が入っていて、お土産とキャラクターグッズであふれていました。そこはさっさと通り過ぎて、おいしい店探し。
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ホテルやレストランへの納入の仕事をしているので、目鼻が聞くというか意外とはずれが少なくおいしい店を探すことが出来ます。外れたら食べ直すので。
駅前通りに「ままかり定食」の看板ときれいな暖簾が下がっていたのでわき目も振れず入りました。
なんと「ままかりのコース」。美観地区はどうでもいいので倉敷ならここへ行くべし!!
刺身、南蛮漬け、酢漬け、鮨・・  旬は春と秋だそうでこれからが本番、しかし、駅で売っているような貧弱な「ままかり」ではなく丸々と太った生きのいい魚でした。
サッパ(鯯)<魚へんに制> が本名で、このしろに似た20cmぐらいの魚です。しかしこのしろとは全く味が違い、”うまみ”が多く出ているような本当に隣の人のマンマ(ご飯)を借りたくなるようなお味です。百聞は一味にしかず。うまかった。
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日本のアマルフィ 和歌山雑貨崎港

今日仕事で和歌山に行ってきました。得意先が和歌の浦のすぐそばなので、ちょっと海岸沿いを一周しました。2年ほど前にも同様に回って感激した港があり、もう一度みたい(写真を撮りたい)と思っていましたので、皆さんに見てい頂きたいと思います。
遠くから見るとまるでここは地中海かと思わせるような、家々がそれも日本らしくない、港から山に沿ってぎっしりと建てられています。色もなんとなく地中海っぽい白や黄色の壁があり、世界遺産のアマルフィのようです。
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それにしても、暑い夜です。和歌山は午後にわか雨が降りそのあときれいな虹が出ました。いつもこんな天気で関東の晴れとは大違いです。関西に来て早くも3回目の虹です。こっちは虹がよくでるのかな?
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明石天文科学館

先月の話ですが、明石天文科学館に行ってきました。いわずと知れた東経135度の真上にこの天文科学館は聳えています。高校生の時修学旅行で姫路への途中寄った思い出があります。これで2回目となります。ゆっくり行ったのでプラネタリュームを見てきました。投影機はとても古く後述の神戸新聞とおり寿命日本一だそうです。星の見え方は水の館と同じような感じで、違う点は大きいのと星の数が1万ぐらいと多い点です。しかし、最近のプラネに見られるような精密さより懐かしい星空を演出しています。
解説は生解説できれいなお姉さんが、約40分ぐらいゆっくりとした話し方で説明してくれました。星座の物語部分だけはビデオでした。内容は駒井さんが制作しているものと殆ど同じで、私が水の館でお手伝いをしたことが懐かしく思いました。
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1960年6月10日に投影を始めた兵庫県明石市立天文科学館(同市人丸町)のプラネタリウムが8月29日、旧大阪市立電気科学館の投影機(1937~89年)を抜いて“長寿日本一”になる。現役最古の投影機は、阪神・淡路大震災による休館も乗り越え、約815万人に「星空」を提供し続けてきた。(中島摩子)

 日本標準時子午線(東経135度)の真上にある天文科学館の投影機は高さ約3メートル、重さ約2トン。旧東ドイツのカール・ツァイス・イエナ社製でアリのような形が特徴。大型2球式で数百枚のレンズ、約200枚の歯車、約90個のランプから約9千個の恒星と太陽、月、天の川などを映し出す。
 60年の輸入時、32個の木箱に梱包(こんぽう)され、船で神戸港に到着。2人のドイツ人技師が明石を訪れ、約2カ月かけて組み立てた。大型プラネタリウムは大阪や東京に続き、国内4台目だった。
 天文科学館技術係だった清水良孝さん(70)=明石市天文町=は「初めて見る機械。図面も全てドイツ語で、慌てて辞書を買った」と振り返る。ドイツ人技師の帰国後は機械を任され「開館からお客さんが途切れず、重圧を感じながら、情熱と愛情でメンテナンスを続けた」。78年度には最多の26万3679人が入場した。
 最大の危機は阪神・淡路大震災だった。投影機は被害を免れたが、ドームスクリーンが損傷するなど大きな被害を受け、同科学館は約3年間休館。ただ、投影機は動かし続けないと劣化するため担当者が天井や壁に星空を映し、メンテナンスを続けて再開を待った。
 現在、国内には400台超のプラネタリウムがあり、デジタル技術の向上で最新鋭の機器が誕生している。明石の投影機は手動式で、肉声での解説にもこだわる。長尾高明館長は「お客さんの反応を見ながら丁寧に説明する。コミュニケーションを大切にしたい」と力を込める。
 同科学館は記録更新の8月29日、記念式典を計画。長尾館長は「機械に重大な欠陥はなく、これから前人未到の記録に挑む。明石の観光資源としてもPRしていきたい」と話す。(神戸新聞より)
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